シアワ星

お城です。

デリシャスパーティ♡プリキュアを三日で完走した感想~おいしいアニメでデリシャスマイル♪

お疲れ様です。めんくんです。
「デリシャスパーティ♡プリキュア」(以下デパプリ)を視聴しました。

www.toei-anim.co.jp


めちゃくちゃおもしろかったです。
というかなんかもう全部好きでした。



好きすぎてなんと三日で全45話を視聴してしまいました。
どの作品にも言えることではあるのですが、プリキュアの評価って個人の好みが顕著に表れる気がします。
プリキュアシリーズが好きな人に「好きなプリキュア作品ベスト3」を聞いたら、全然被らないと思うんですよね。(現にプリキュア好きな兄ふたりに聞いたらやっぱり全被りはしませんでした。)


なので今回のブログはデパプリの総評ではなく、

「なぜ私はデパプリを好きなのか」

というテーマのブログです。


本当に「私がどう感じたか」「どう受け取ったか」を書いた100%主観の記事となります。そしてネタバレだらけです。

デパプリが好きすぎて、ブログを書かずにはいられませんでした。
是非読んでいただければと思います。よろしくお願いいたします。



①テーマ

「ごはんは笑顔」。
デパプリはこの言葉をとても大切にしていたと感じました。

まず私は「ごはんは笑顔」というテーマがすごく好きです。
デパプリの放映時期って、コロナの影響で「個食・黙食」が推奨されていた時期ですよね。その中で「ごはんは楽しい」ということを伝える意味がすごくあると思うんです。
「コロナ禍の食事」に対して我々大人は「昔みたいに楽しくごはんを食べられるようになりたい」って考える方が多かったと思います。でも、まだ生きてきた期間が短い幼い子どもにとっては「コロナ禍の食生活の方が長い」→「食事は楽しくないもの」という意識が強いんじゃないかなと思ったんです。(わかりやすいように極端な表現をしています。)

そもそも「食事」についてですが、インタビューでプロデューサーの方が下記のコメントをしていました。

*****

本作の大きな柱である【食べる】ということ。
わたしたちにとって非常に身近で大事な行為であると同時に、食事はさまざまなことを学び、たくさんの思い出をつくる場です。また、料理は見た目を楽しむ一面も。ツヤツヤしたお米、みずみずしい野菜のサンドイッチ、湯気がたちのぼるラーメン…見ているだけで心弾み、幸せな気分になります。

食事と料理=【ごはん】は、生きる上でかけがえのないものであると同時に、日常を彩る大切な要素をたくさんもっているのです。

【多田香奈子プロデューサー(ABCアニメーション)コメント】


生きていくうえで、とても身近で、とても大切な《ごはん》。
ともなうあの味も、思い出も、かけがえなく、
ごはんは、私たちの心と体に、さまざまな力を与えてくれます。

【安見香プロデューサー(東映アニメーション)コメント】

引用元: 新プリキュアのモチーフはごはん! おいしい笑顔を守る「デリシャスパーティ・プリキュア」2月スタート | WEBザテレビジョン


*****


そう、「食事」は生きていくうえで絶対に必要なことなんです。

食事という行為は一日三食の場合一年のうちに「1095回」行うことになります。
生きていくうえでこの先「食事」とはずっと付き合っていかなくてはならない。だったら少しでも楽しく思えた方が絶対良いですよね。
だからこそ「ごはん」に対して、マイナスイメージを少しでも減らそうとするこのテーマが大好きなのです。

そして、デパプリのさらに好きなところなんですが、「食に良い思い出がないキャラクター」が出てくるところです。「ごはんは笑顔」を大事にしているけれど、押し付けてはいないんです。そしてそこをしっかりと描いている。
デパプリの基本的な思想だと思うんですが、反対意見を頭ごなしに否定しないんですよね。
主人公のゆいちゃんなんて結構ヤバめなごはんジャンキーですが、「食に対するマイナスイメージを持っていること」を「間違ってること」として扱わないんですよ。
(食の在り方に対しても、誰かと分け合うことが好きなキャラや一人が好きだというキャラなどキャラクターを通し様々なスタンスを描いています。)
デパプリ第39話で「完璧じゃないとダメ」というセクレトルーに対して、正解・不正解ではなく「あなたの生きてきたことを実感する言葉だから響いた」というセリフがあります。
これって「どんな意見でも自分が生きた経験から感じて生まれた言葉なら良い」ってことですよね。
つまりテレビの前に居るごはんに良い印象がない子どもに対しても「あなたの経験から生まれた気持ちに間違いはない。でもごはんをちょっとでも楽しいって思えたらそれは素敵だね」ぐらいのテンション感でごはんを勧めているのです。
デパプリは肯定も否定もしない。ただ、尊重をするんですよね。

そういうスタンスも含め、私はこの「ごはんは笑顔」というテーマが大好きです。


②話の構成とメッセージ

まずは単話の構成についてお話します。
デパプリってめちゃくちゃ教育アニメだと思うんですよね。
そしてメッセージが直接的でわかりやすい。

私は女児向けアニメが好きです。
それは何故かというと女児向けアニメは「これから人生を生きる女児に伝えたいこと」を描いているからです。
加えて、女児向けアニメはあくまで「子ども向け」なので「伝え方がわかりやすい」んです。
一口に女児向けアニメと言ってもたくさんありますし、私が今あげたことって女児向けアニメの必須ではないと思います。あくまでも、私は「先ほどの二点を物語として破綻させずに描いている作品が好きだ」というお話です。

そしてデパプリはこれがとても上手だった。

私がデパプリの全話視聴を決めたきっかけが「第26話 ここねのやくそく!ピーマン大王への挑戦」なのですが、この話を観たら多分私の言いたいことをわかってくれると思います。
このお話、「好き嫌いをなくそう」ってお話なんですが、前項で語ったように「好き嫌い」の「否定」はしてないんですよね。
スピリットルーの「ピーマンいらない」発言に対する反論が、「ピーマンを好きな人もいる」「農家さんが頑張って育てた」ではなくピーマンのダイレクトマーケティングなのもポイント高いですよね。リレーゼリフでピーマン誉めていくのおもしろすぎる。

そこで、デパプリのお話構成を26話を用いりながら説明します。


起―問題提起
26話:コメコメはピーマンが怖い。そしてここねちゃんも過去の経験からピーマンが苦手。

承―問題をどうするか
26話:コメコメのためにピーマン克服の決意をするここねちゃん

転―行動
26話:「好きになるために知ることから始める」(とてもわかりやすいアドバイス)ということで、ピーマン農家のもとへ

結―メッセージを受け取ってどうなったか
26話:ピーマン食べられるようになった!デリシャスマイルが増えてハッピー!


め、めちゃくちゃわかりやすい!!!!

単純明快、シンプルでおもしろいし何よりも良い話です。
テレビの前の子どもたちも、ここねちゃんを見て嫌いな食べ物にチャレンジしたことでしょう。
そんなに影響力あるの?って思う方も居るかもしれませんが、少なくとも私は「ドキドキ!プリキュア」を見て好き嫌いをゼロにしましたし、歯医者にも行きました。
「デパプリを見て好き嫌いをなくすチャレンジをしただろう」という意見は「私の経験から生まれた感情」です。なのでデパプリ理論でこの意見は間違いではありません。教育的でおもしろいデパプリってサイコー!

次に全話通しての構成ですが、これは次項の「伏線回収の仕方」で掘り下げます。

③伏線回収の仕方

デパプリはさりげなく大胆な伏線がかなり多い作品だと感じました。
伏線の回収をしたときに、作中では「だからあのときこうだったんだ」って伏線の説明をしないんですよね。伏線を覚えていた視聴者だけが「そういえばそんなこと言ってたな」ってなるんです。
これって「伏線を張ったことには別に気付かなくても良い」ってことなのかなって思ったんです。デパプリって伏線の張り方といい、結構すごいことをしていると思うんですが、作品を通してスタッフが「凄いでしょ」って言ってこないんですよ。スタッフの顔が全くチラつかない。(これは完全に感覚的なものなので、「よくわからん」って方いらっしゃると思います。本当に個人的な感覚です。)

で、私は「さりげない演出」っていうのがものすごく好きで。
ドラマティックで大げさな演出だってもちろん大好きですが、さりげなく良い演出をされるとすっごく気持ちよくなるんですよね。デパプリはさりげない演出がめちゃくちゃ上手だなと思いました。

ん?ちょっと待って、さりげないのに大胆ってどういうこと?ってなる方が居るかもしれませんね。
デパプリがさりげないのは先ほど説明した「伏線を回収したときの振る舞い」になります。振る舞いはさりげないんですが、伏線となるもの自体はかなり大胆でわかりやすいんですよね。一番わかりやすいのは「招き猫」ですよね。

あんな圧がすごい伏線ある???

あまりにも存在感が強いんですよ。見た人は「何ですかアレ……」って絶対思うのよ。そんな誰もが印象に残っている物体が一番重要なアイテムな訳ですから。とんでもなく大胆。
他にわかりやすいところだと「シナモン」の名前。拓海のパパの名前が「品田門平」なことを覚えている人はマリちゃんが「シナモン……」って呟いた瞬間に気が付くはずです。「シナモン……それって品田門平のコト!?」ってね。お話だけじゃなく伏線までもがわかりやすい!!!!!!!!!!!

そこで前項の全体の構成についてですが、「伏線」が1話から最終話までかなり多いんですよね。招き猫だって1話から居ますから……。ついでにパパズが世界中を飛び回っている設定もちゃんとラストに繋がるんですよね。

全体の構成で一番感動した箇所はやっぱり「おばあちゃんの存在」です。
ゆいちゃんのおばあちゃんって1話からナレーションとして物語を見ています。最初は「ナレーション付きなんだ、珍しいな~」ぐらいにしか思っていなかったんですが、最後の戦いでプレシャスがゴーダッツに「会えなくなっても交わした言葉から思いを受け取れる、言葉を自分の胸に刻めば亡くなってもずっと一緒なんだ」ということを伝えます。そうなのよ。第1話から見てきた我々は知ってるんですよ。「おばあちゃんがずっと一緒にいたこと」を。
もう鳥肌と涙が止まりませんよ。
しかもしかも「若者の背中を押したくて言葉を残したおばあちゃん」のお話や、「おばあちゃんの言葉を引用していたけど、自分の言葉で語るようになったゆいちゃん」のお話もあるんですよ。このどれかひとつだけでも「おばあちゃんの存在」を回収出来るはずなのに、「おばあちゃんの存在」をいろんなお話で活用しているんです、もう、すごい。
そして本作のラスボスである「故人を引きずり孤独なゴーダッツ」との対比も綺麗に出来るんですよね。ここまで無駄がないことあるんだって思いました。

ゴーダッツに関してですが、最後にジンジャーが残した蓄積装置を使って倒す展開もめちゃくちゃ好きです。「自分を越えてほしい」と頼まれていたフェンネルですが、結局師匠には勝てなかったんです。たまらないです。

デパプリが大事にしていた「ありがとう」の気持ちもラストにしっかり持ってくるんですよね。いや~好きだなあ。

④無駄がないキャラクターの使い方

前項でもちょろっと触れた「無駄がない話」です。
デパプリはキャラクターの使い方が本当に上手だと思います。「このセリフを誰に言わせるか」の選択などもとても上手だなと感じました。
アニメを作るにあたって「こういう話にしたい」っていう指標があると思うんですが、デパプリは「脚本に合わせてキャラが動く」のではなく「キャラに合わせた脚本作り」をしているなと思えました。「既存キャラにしっかり役割を持たせる」って言うのかなあ。
例をいくつか挙げます。

・第16話「らんらんって変…!?肉じゃがとウソ」
ここねちゃんが「高木くんが嘘をつくのは寂しいからじゃないか」と呟きます。その発言を受けてお話が進むのですが……。
これってここねちゃんが寂しい思いをしているから生まれる発想なんですよね。もちろんこのここねちゃんに対して「ここねちゃんには高木君の気持ちがわかるんだね」なんてセリフはありません。それを誰にも言わせないのが「さりげない」です。 「高木くんは寂しいのでは」って誰が言っても成り立つセリフですが、ここねちゃんが言うことでセリフに深みが増します。誰に言わせるかの選択が上手だなあって思いました。

・第21話「この味を守りたい…!らんの和菓子大作戦」
閉店が決まったお店の宣伝をするため、らんちゃんがあまねちゃんを頼ります。メタ的に考えると、追加戦士のあまねちゃんと既存キャラの仲を深めるために生まれたお話だと思います。なんだけど、らんちゃんとあまねちゃんの会話を発生させるシチュエーションがあまりにも自然。あまねちゃんを変にフィーチャーさせてないというか。第20話のあまねちゃんとここねちゃんのお話もですが、「みんなが集まってる中でたまたま2人で関わるシーンがありそこをアニメで描写した」みたいに思えるのです。キャラに合わせた脚本作りがうまいなあと感じるお話でした。

・第43話「レシピボン発動!おいしーなタウンの危機」
セクレトルーを説得するのがまさかのはつこさん。
第39話で「おばあちゃんの言葉が響かない」というシーンがありました。同じお話で「人生経験から生まれた言葉は響く」と言ってましたよね。セクレトルーとはつこの会話はまさにその言葉を体現していると思います。料理が出来る人に「料理なんて出来なくても良いよ」って言われてもセクレトルーの心は多分動かないんです。尊敬している神の舌様にも「出来ないこと」があって、さらにそれは自分と同じ分野。だからこそはつこの言葉がセクレトルーに響いたのだと思います。
ま、まさかここでここね母を使うとは……。すごいよ、キャラの使い方うますぎるよ……。

サブキャラを使う、という点でナルシストルーがりんご飴を食べる第37話もすごく良いですよね。あまねちゃんが直接ナルシストルーと関わっちゃうとやっぱりちょっと違和感が産まれちゃうと思うんです。被害者と加害者の関係な訳ですから。そこであまねちゃんの兄、あまねちゃんの親友を介してナルシストルーの心の変化を描く……。しかもこのシーンってあまねちゃんの心の変化も生まれるシーンなんですよね。だからこそあまねちゃんと関係が深い三人が出てくるのが良いなって。
既存キャラの使い方がうめえ……。サブキャラがモブじゃないんだよ。

⑤キャラについて

この流れでキャラ描写についてちょっとだけ語ります。

代表してゆいちゃんについて。
一番ゆいちゃんの人間らしさを感じて好きなシーンは第40話でブラペの正体が拓海だと知って泣いちゃうシーンです。
ゆいちゃんって他のキャラと違って、自分のことで悩んだり落ち込むことがなかったと思います。それまでのゆいちゃんを見ていたら「拓海がブラペ?!やったー一緒に戦えるねー」ぐらいのこと言いそうです。でも、ゆいちゃんは泣くんです。ゆいちゃん自身も理由がわからないって。
思い返してみるとゆいちゃんって拓海にだけはすごく甘えているんですよね。ゆいちゃんがメインのお話って基本的に「誰かのため」で、他人に無理難題や要望を押し付けることってほとんどしてなくて。(何故ならこの世で一番強いのは誰かのために頑張る心なので)でも、拓海にだけは簡単にお願いごとをしたり、振り回したりするんです。その事実に気が付くと拓海が異常なまでにゆいちゃんのことを気にかけて大好きになる気持ちもわかりますし、ゆいちゃんにとっても拓海が大切な存在だってわかります。こうすることで拓海の深掘りにも繋がりますし、ラストで「拓海に一番最初に話したかった」というセリフにも説得力が増します。いや~拓海の使い方もすごく上手なんですよね……。キリがないので割愛しますが。
つまり、このシーンってとても深みを感じるんですよ。キャラクターがパッと見の印象のまま動かなくて、でも考えてみるとこの言動にはすごく納得がいくっていう。

最後の戦いでゆいちゃんが変身をためらうことも、俯瞰で見れば「戦わなきゃもっとひどいことになるのに」って思うかもしれないけど、ゆいちゃんは人間だから。誰だって落ち込んでるときは物事を冷静に判断することは出来ないし、進めないはずです。そしてここでもゆいちゃんの中で「拓海の存在」が大きいことが伝わりますよね。良い描写だなあ。

敵キャラについても少し語ります。
敵キャラの動機って端から見たら「そんなことで」って思うような小さいことだと思います。でも、私は世の中のことって全部「そんなこと」だと思うんです。
自分が気にしていることも他人にとってはどうでもいいことかもしれない。どうでもいいことが他人にとってすごく大事なことかもしれない。
ゴーダッツ、セクレトルー、ナルシストルー(スピリットルー)3人とも己のコンプレックスがきっかけで悪事を働いた訳ですよね。この3人の感情って誰しも持っている感情なはずなんです。誰しも悪に染まる可能性があるんです。
ジェントルーもそうなんですよ。あまねちゃんって何も後ろめたいことなんてなくて、たまたまトラブルに巻き込まれて突然世界が変わってしまう。デパプリを見ていると「確かに人生ってそういうものだよなあ」って思っちゃうんです。なんとなくですけど、デパプリって「人生」をすごく大事にしている気がします。
そして更にここ好きポイントなんですが、3人とも拘置所に入るんですよ。多分それってデパプリが「今までの人生を否定しない」からだと思うんです。自分がやってしまった過去を否定せずに受け入れて、そのうえで未来を生きていくんですよ。で、で、デパプリ~~~~~~!!!お前ってやつは~~~~!!!!(爆泣)
デパプリって本当に最初から最後までテーマとノリがブレないんですよ。大好き。

⑥世界観

ここまで読んだ方には伝わっていると思いますが、私はデパプリのことが大大大大大大好きです。
しかし、デパプリを手放しにたくさんの人に勧めるかと聞かれたらそれは出来ません。
それは何故か?

そう、世界観が強いからです。

私はこの世界観も大好きですが、万人向けではないとも思います。
どんな世界観かといいますと、ゆいちゃんたちが住んでいる「おいしーなタウン」という街。名前から分かる通りこの世界は食の地位が異常に高いのです。
これはカードゲームアニメでカードゲームの普及率が異常に高いことと同じですね。世界観が強めなのは子ども向け作品では結構ありがちです。
まず「この世界はこういうもの」だと思えないと、どんなに良いことを言われても入ってこないと思います。26話だって食の地位が異常に高いから敵の説得でピーマンのダイマをする訳で。もしかしたらこの世界観に浸っていない人は「急にピーマンを誉めだす流れこわい」ってなったかもしれません。

デパプリの独特な世界観を作り上げている理由はこれだけではありません。

世界観を作り上げているもう一つの理由、それはナチュラルに行われる斜め上のギャグ(異常行為)です。

デバプリって良い話をシリアスかつ真面目にするって感じじゃないんですよね。なんというか「ギャグを挟まないと死ぬの?」ていう感じなんですよ。
ケースが多すぎて具体例出すのが難しいのですが……。例えばアバンで「生の人参をまるかじりするゆいちゃん」とか。私はこれを初めて見たとき「えーっ!人参まるかじりしてるー!」と本当に声を出して驚き、そして笑いました。
多分これを「意味が分からない」「怖い」って引いてしまう人はデパプリって合わないと思います。逆に「何も感じずスルーする」か「おもしろい」って感じる人はデパプリを見ることが出来ます。私は後者でした。
しかも、デパプリのおもしろいところって「ゆいちゃん 生の人参 まるかじり行為」の詳細(?)が本編で語られるんですよ。あ、だからアバンで人参を生でまるかじりしてたんだぁ……となる伏線回収(???)。
まあちなみにこの人参丸かじりし始めた経緯も「なかなか意味不明」なんですよね。「そうはならんやろ」的な。まあでも言ってしまえばゆいちゃんが人参丸かじりするきっかけなんて本編で伝えたいメッセージとは関係ないので、雑で良いというかそこで「そうはならんやろ」を出されてもオモロとして消化出来るんです。つまりこれを「オモロ」で消化出来ない人がデパプリは合わない人です。私はオモロ大好き人間なので良い話をギャグコーティングしがちな、まるで「おくすり飲めたね」みたいなデパプリが大好き!
(恐らくミュークルドリーミー、キラッとプリ☆チャンなどの女児向けアニメを堪能出来る人はデパプリのノリが好きだと思います。)
先ほどもちょっと触れたように、私は「伝えたいメッセージ」に関わること以外に尺を割く必要がないと思っているので、多分そのあたりの配分も自分にとってすごくちょうどいいのだと思います。


・「変」について

デパプリのノリって言ってしまえば「ちょっと変」なんですよね。視聴中私も「このアニメめっちゃ変」と大喜びしていました。
しかし、そこである事件が起きたのです。

第16話「らんらんって変…!?肉じゃがとウソ」、らんちゃんがクラスメイトに「変」と言われ落ち込むお話です。

らんちゃんが落ち込む姿を見て私はこう思いました。

どうしよう、私は褒め言葉のつもりでデパプリに対して「変」って言っていたけど、もしかしてそれはデパプリを傷つけることだったのでは……?

私は不安に襲われました。

「変」なところも魅力だと思うし、でも相手がそれを気にしていたらそれは誉め言葉ではなく暴力になってしまう。どうしよう、どうしたらいいんだろう。

そんなことを頭の中でぐるぐると考えていました。胸中バクバクもんです。
しかし、そこでマリちゃんが言ったのです。

「変って素敵」

好きなものが違うだけでみんな変なんだと。

その言葉に私は救われました。

少なくともデパプリは「変は素敵」という価値観を持っていることがわかりました。「変」でデパプリを傷つけることはない。なので私はこれからも言い続けます。

デパプリは変だと―――。


終わりに

と、何故デパプリを好きなのかざっくりと書きました。簡単に……書いたはずなのに……10,000字を超えています……。
冒頭に書いた通り、このアニメは全部が好きなのでそりゃこうなってしまいます。本当は「デパプリのここ好きポイント」の1割も語れていませんが、とりあえずこのブログで語ったことを踏まえた「私がデパプリを好きな理由」をまとめます。

・一貫したテーマ
・子どもに向けた教育的なメッセージ
・大胆かつさりげない伏線
・キャラクターの動かし方・描写
・変


以上です。

デパプリを視聴し、こんなにも自分のツボにクリティカルヒットするアニメがあるんだと驚きました。
ごはんを作ることや食べることも今まで以上に楽しくなりましたし、こんなにも大好きだと思えるおもしろいアニメ作品を見ることが出来て、とても幸せです。この制作陣でアニメを作るときは教えてほしいです。
(本当は各話ずつの感想を書きたいのですが、時間がかかり過ぎてしまうので保留です。)


デリシャスパーティ♡プリキュアの制作に関わったすべてのスタッフに……

「ありがとう」。


おわり


追伸
わんだふるぷりきゅあの第1話を見ました。とても丁寧で、胸がキュッとなりました。動物がテーマということで、なかなか扱いが難しそうですが楽しみです。シリーズ構成の成田さんが描くキャラクターも大好きなのでワクワクしてます。う~わんだふる!